「吉田屋」
2012年12月17日
玩辞楼(がんじろう)十二曲之内という副題がついているとおり鴈治郎家の代表演目の一つです。この鴈治郎は私の曽祖父に当たる昭和10年に亡くなった初代中村鴈治郎を指します。
この演目について少しお話を致しましょう。
今回父の坂田藤十郎の演じている藤屋伊左衛門(ふじやいざえもん)は、上方歌舞伎の代表的な役の一つでこの役を自分のものに出来れば上方和事の後継者となりうる役です。
役の性根は勿論ですが役のムードや匂いが出せるかが重要なポイントになってきます。
匂いと言っても鼻で嗅ぐ臭いではなく役全体から漂ってくる香りをイメージしていただきたいと思います。はんなりという言葉が大阪にはありますがその雰囲気です。
文章では表しにくいのですが、結局ムードという表現になるのでしょうか。
この伊左衛門と私が今回演じるところの"夕霧"の間には一人子供がすでにできています。
演じる上でここが重要なポイントになってきます。
二人は事実上夫婦であるという事をまず性根に置かなくてはなりません。
役一年ぶりに自分に会いに来たご主人に最初そっと手を肩に乗せる時に恋人ではなく旦那さまの体に乗せる感覚が必要なんです。
その違いを出すことはこれも口では説明できない感覚です。
優しさとでもいうのか久し振りに戻ってきて恋人なら愚痴の一つも言いたいのでしょうが、夫婦の信頼感のようなものを持つように心がけています。
ここから二人の世界が始まるのですが、常磐津と義太夫の掛け合いは舞踊ではなく芝居にならなくてはいけません。振りがあるのですが踊りというより必然にその動きが気持ちから出てきて絵面になるということなのですが、これがまた至難の技です。
歌舞伎が他の演劇と大きく違う部分がここなんです。
日本舞踊を体得していない表現できませんので、演技力プラス舞踊力とでもいいますか、その部分が重要なポイントになってきます。
今回、前回夕霧を演じた時と衣装を替えた話はしましたが、小道具も一箇所変えました。
それは、一番最初に顔を隠して登場する時に手にしている持ち紙の大きさです。
今回はそのまま胸に入りられる大きさにして芝居の途中で後見が出てきて取り替えることをやめました。
前回
違いがお分かりでしょうか。
たいした代わりは無いように見えますが、その後の中で後見が出ないことによってお客様にも私自身も流れが途切れず集中出来るメリットが生まれました。
ちょっとした事で変わってくるものです。
そして、二人の痴話喧嘩が始まります。
夕霧はあくまでもストレートに気持ちを出し伊左衛門ははぐらかしていきます。
ただそれだけのやり取りの中でお客様に飽きさせない難しさがこの演目にはあります。
口に咥えている袱紗は伊左衛門と夕霧を演じている役者の紋を染めます。
演者が変わればその都度小道具さんは染めなくてはいけません。
この演目の難しさは体から発散する匂いが無くては何も面白く無いというところに尽きると思います。
二役合わせて100回演じてきたことがやっといきてきたのか、今回は父が「いいムードになってきた」と終演後に呟いていましたので少し自信には繋がりましたが、完成のないのが舞台であることは承知しています。
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扇雀様のブログ更新が復活してよかったです。
勘三郎丈の事があり、更新がないのであろうと察しておりました。
伊左衛門と夕霧の間には子がいる仲だったのですね。それを前提にすると、全ての筋書きの見方が変わって来ます。すぐにも確認したいところですが、京都は簡単には伺えず、、、是非また東京でも同じ顔ぶれで上演していただければ、と願います。
勘三郎丈への供養は、何よりできるだけ歌舞伎の劇場に足を運び、観客も一体となって歌舞伎を盛り上げて行く事と思います。
観劇の視点をさらに高め深めていただける扇雀様のブログは大変意義があります。お時間許す範囲でぜひ更新をお続けください。そしてお身体大切に!勘三郎丈との夫婦コンビ、本当に好きでした。松本での身替座禅も素敵でした。
みゅうさん
子供のことは伊左衛門の台詞の中に一言出てくるだけなので注意していないと聞き逃します。
筋書きにはかいてなかったような気が致します。
あの時の身替座禅は気持ちが高ぶっていましたが、カーテンコールの哲明さんの涙が忘れられません。
私は、扇雀さんの伊左衛門は1度も拝見したことがありませんが
扇雀さんの夕霧が、とてもとても好きです
好きな理由を考えてみましたら
藤十郎さんの仰った「ムード」が好きだと言うことが分かりました
言葉では言い表す事が難しい、可愛さや切なさ、嫉妬…
伊左衛門との二人の世界が手に取る様に伝わって来きます
歌舞伎の上演が少ない上方ではありますが
上方歌舞伎を拝見する機会がもっと多くなれば嬉しいです。
たまねぎさん
伊左衛門は大阪で二度させて頂いています。夕霧は父と孝太郎さんです。
上方歌舞伎の継承は使命だと思っています。