「南座 「東海道四谷怪談」」
2019年9月 7日
6日昼の部巡業公演の移動日に南座 「東海道四谷怪談」を観に行って来ました。
この演目には何度か関わったことでしょう。
昭和63年の大阪中座で幸四郎(現白鸚)のお兄さん田宮伊右衛門、勘九郎( 故勘三郎)のお兄さんのお岩さまで私は今回甥の壱太郎が努めていますお袖とお花を演じたのが最初です。
関西で歌舞伎にお客様がなかなか多く入ってくださらなかった時代に、一大旋風を巻き起こした公演でした。先代の勘三郎のおじ様が亡くなった後の公演で哲明(のりあき故勘三郎さんの本名)さん体を絞り気迫は文字通り鬼気迫るものでした。
その公演中に今回お岩さまを努めるまだ小さかった七之助さんが東京の自宅で目が腫れて病院に入ったという知らせが入り、お参りをしたにも関わらずそんな事が起き因縁の深さに驚いとことを記憶しています。大事に至らなかったのが幸いですが、役に執念を燃やすお兄さんにお岩さまが乗り移ったのではと噂したものです。そんな中、日増しにお客様が増え続け満員札止めで通路にもお客様が溢れる事態となりました。お兄さんと毎晩終演後に芝居の話を連日した懐かしい舞台です。その後お袖・与茂七・小仏小平・お岩さまを努めることとなり縁の深い演目ですので楽しみに足を運びました。今日1日は観客です。
私もお岩さまをコクーン歌舞伎で演じた時は1ヶ月で体重を8キロほど落とし臨みました。
お岩さまは切なくて優しくただひたすら伊右衛門さんを愛する女性です。顔が醜くなってからのお岩さまの印象が強いのですが、そこに至るまでのプロセスがドラマとして重要ではないでしょうか。
隆ちゃん(七之助さんの本名隆行から普段こう呼んでます)は幼少期のその経験もありお父さんが何度も演じたこの役には思い入れが深いと思います。
その舞台はまず与茂七の花道の出でお父様が出て来てのではと思うほど似ていました。
勘九郎さんが近年特にお父様に似てきたと言われますが、この与茂七の似かたはそれに匹敵か或いはそれ以上でした。とにかく花道の出で体が思わず前にのめりました。
芝居が進むとやはり普段ほとんど女方を努めている分お父様とは線の違いが出てきますが
与茂七という役を理解しているので気になる所ではありません。
お岩さまはやはりやりたかった役の一つだったことが伝わってきて切なさがしっかりと伝わり、種々の仕掛けもスムーズに初役とは思えぬ出来だったと思います。
そして愛ちゃん、照之、壱(普段の呼び方で綴ります)と四谷怪談の物語が進み久しぶりに客席側で見たこの演目ですが、やはり時間の都合上カットいている部分が多くそこが非常にむづかしい所であると改めて気づかされました。回文書の件や三角屋敷や夢の場など全部観てみたいと思ってしまいますが、何時間かかってしまうのかむづかしいことなのでしょう。
けれども客席は満員で満足感が伝わり中座の公演を思い出しながら劇場を後にしました。
関西には「いろは仮名四谷怪談」として髪梳きを「黒髪」の曲で上演するやり方がありますのでいつかは演ってみたいなと思いながら、ふっと今日の公演、愛ちゃんの直助権兵衛、照之の伊右衛門さんでみてみたいななど妄想して巡業の舞台に戻っていきました。
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