中村扇雀の公式ブログ

「令和2年南座顔見世興行開幕」

2020年12月 5日

コロナ禍の中、厳重な感染対策を実施して「當る丑歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」興行が初日を迎えました。

しかし今年のまねきには父の名前がありません。

令和2年11月12日午前10時42分
父、4代目坂田藤十郎が既報のとおり身罷りました。

コロナ禍の現在、歌舞伎座や国立劇場でも役者同士接触を極限まで避けての公演中ということもあり、家族そして松竹株式会社とも相談の上、家族と一門のみで密葬を11月14日に都内の妙円寺にて執り行い、荼毘に伏しました。いずれコロナが収まり落ち着きましたらお別れの会を催す予定ですので、改めてご報告させて頂きます。

これまでご贔屓くださった皆様にはこの場をお借りして厚く御礼を申し上げます。
また、ブログの問い合わせ欄やメールに多くの弔意を賜りましたことも重ねて御礼申し上げます。

昭和6年の大晦日に2代目中村鴈治郎の長男として生を受け、10歳で中村扇雀を名乗り初舞台を踏んでから昨年の京都南座顔見世の舞台まで永きにに渡り役者人生を歩み88歳の天寿を全うし安らかな最後でした。
父の眠る顔にそっと手を寄せると冷え切った温度が肌から伝わり初めて死の実感を心に感じ、何かがすーと引いていく気配がして、肩の力が抜け一つの歴史の終わりを目にしそして次の瞬間、込み上げる使命のようなものが湧いて来たのです。
力を落とすというより力が込み上げるといった方が正確だと思います。

誰しも親の死を迎える時は平等に来るものです。私にもその順番が回ってきました。
昨年の顔見世興行中に転倒をして頸椎圧迫骨折を押しながらの舞台出演が皆様の前での最後の姿となっしまいました。
親子というのは何か感じるのか漠然と南座の顔見世は最後かも知れないと脳裏をよぎりました。昨年の千穐楽の舞台上の姿を目に焼き付け運命を受け入れる準備をしていたのかも知れません。

美しい役々は数多ありますが最後の舞台も目に焼き付けていただきたく、本人は嫌がるかもしれませんが、あえて最後の舞台を掲載いたします。

令和元年12月南座顔見世「金閣寺」慶寿院   左は私の真柴久吉
IMG_20201118_0001.jpg

3代目中村翫雀から繋がる成駒屋の家系に生まれ、歌舞伎役者の道を嘱望され育ち、77年間という長い役者人生でした。その間映画の世界にも身を投じ扇雀ブームが巻き起こり文化芸術関係の賞や表彰を数多く受け華やかな生涯でした。
父の本名は林宏太郎(こうたろう)ですが、私の中では中村扇雀であり鴈治郎であり坂田藤十郎である感覚が強く強く残っているので、父の死というよりは一番身近の先輩役者の死と感じている自分が居ます。
子供の頃から林宏太郎としての父に触れる時間はほとんどなく、例えば一緒に出かけても有名人である両親は衆目の的となり中村扇雀としての顔が父自身の当たり前になっていたのです。そしてスターであり続けた父は自分の進むべき道一点を真っ直ぐ見つめて脇見はしない性格であったと思います。
そんな父の背中を役者の後輩として少し距離感を感じつつ見ていました。
手取り足取り何度も稽古をして教えるということはしないタイプの役者でした。役者になれという言葉も父の口からは聞いた記憶はありません。
祖父夫妻には役者になるんだよとよく言われていたような気がするのですが、父は子供のことは母に任せていたようです。
実家に稽古場があったのですが、父が稽古をしている姿は一度も見たことがなくまたそこでお稽古を付けてもらう事もありませんでした。それが当たり前のように育ったので大学を出て役者の道を再びと言いうか改めてスタートした時の私に、役者のイロハのようなことを説いたことはありませんでした。子供の頃に会話をする時間が普通の家庭よりも少なく、成人してからの息子と会話することに照れくささを感じていたのかも知れません。
兄と2人兄弟の私ですが、父と2人きりで食事に出かけたことなかったと思います。

舞台の上の父を見続けることが一番身近に感じる時だったかもしれません。もっとも愛したであろう「曽根崎心中」お初を舞台の袖で見ながらセリフを同じように言おうとしても呼吸法が解らず教えて貰おうとしても義太夫を勉強しなさいという教えでした。
身のこなしは日本舞踊を稽古しなさい。舞踊の先生に習った方が良いという考え方でした。
勿論その通りだと思いますし事実そうして私は歩んできました。

父は孤高の戦士のような側面を持っていたのではないでしょうか。目標を高い所に常に設定し自分を追い込んでいく、そんな強さを持ち努力は決して誰にも見せない。妥協をする事なく突き進む精神力を持っていました。


今日もコロナ禍の中、劇場に足を運んで下った多くのお客様を関係者一同細心の注意をはらう中お迎えし、静かに幕が上がっていきます。

全てのお客様に感謝すると共に父の名前のないまねきを見上げ自分の名前、子供の名前、兄の名前、おいの名前と視線を巡らせ改めてこの世に生を授けてくれた父に心から感謝をしそして父と同じ道を歩む幸せも感謝と言う言葉で締め括らせて下さい。

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コメント

ご尊父の訃報、心からご冥福をお祈りいたします。歌舞伎界の大樹を支えてこられた偉大なお父上、残された貴兄はじめ成駒家御一門のお悲しを乗り越え、ますますのご活躍をご祈念しております。

お父様のご逝去、心からお悔やみ申し上げます。
NHKの特集番組を拝見し、改めてお父様の高い志と素晴らしい芸に感服しておりました。
これからも成駒家の皆さんのご活躍を陰ながら祈念しています。

本日、顔見世第一部を観に参ります!
久しぶりの歌舞伎、しかも大好きな成駒家さんと成長著しい鷹之資さんのご出演ということで、
写真付きの番附やブロマイドがないのは寂しいですが、本当に楽しみにしていました。
あと2日、無事に千秋楽を迎えられるようお祈りしています。

昨日、第一部を無事に拝見できました!とても素晴らしかったです!!
特に又平とおとくが苗字を許された場面、思わず泣いてしまいました。
本格的に歌舞伎観劇を始めて5年ほど経ちましたが、無意識のうちに感動の涙を流したのは初めてでした。
場内からも「よかったね!」という感情がこもった暖かい拍手がわっと湧いたように感じました。
あのような感覚がする拍手も初めてだったので、驚きと同時に嬉しく思いました。
客席を間引いていることや大向こうがないことを忘れてしまうような盛り上がりだったように思います。
特に後半は笑いもたくさんあり、おとくも又平もかっこよくてチャーミングで、、素晴らしかったです!
虎之介さんも溌剌とした演技でとても素敵でした。
歌舞伎座の方も観劇して東西の吃又を見比べたいのですが、状況がそれを許さないのがとても残念です。
今後もぜひご兄弟で再演を重ねていただき、さらなる進化を遂げた吃又を観てみたいです!
NHK Eテレで復習もします!これからも本当に楽しみにしています!!

あと全然話が変わるのですが、、先日お父様のNHKの特集番組を拝見した際に、
お父様のお初の相手役として、扇雀さんが曽根崎心中の徳兵衛を演じられているのを初めて拝見しましたが凄く素敵でした!
ぜひ次は生で拝見したいです…!

長文となり、大変失礼しました。
千秋楽の幕が無事に下りるようお祈りしています。
本日もお客さんにたくさんの感動と笑いをお届けください!

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