「封印切」
2025年1月16日
平成7年初春大歌舞伎は松竹創業130年記念と銘打っての興行です。
その記念公演にて上方歌舞伎の代表作「封印切」を玩辞楼十二曲の一つとして上演できることに上方歌舞伎継承者としての喜びを感じています。
今回は兄の鴈治郎と忠兵衛と八右衛門の二役を中日で交代するという珍しい上演方法で兄との違いを楽しんで頂く企画になっています。
この演目では忠兵衛・梅川・おえんをそれぞれ何度も演じ家の芸として継承してきていますが八右衛門は初役での挑戦となります。
前回この演目に出演したのは兄の忠兵衛で私の梅川でした。
その時に次回兄が忠兵衛を演じる時には僕が八右衛門を勤めるのも一つの案として考えてみて下さいと、松竹のプロデューサーの方と話していたのが今回の企画の元となっと思います。女方や二枚目の立役が多いので意外と思われる方も多いかもしれませんが、私自身は上方の役者ですから役の範囲はこだわっていませんので役を伝えられた時はこれは楽しみだなと瞬間に感じました。
さて、14日まではその八右衛門を勤めてきました。
玩辞楼十二曲というのは私の曽祖父初代鴈治郎の得意とした代表演目を12演目集めた私の家の芸です。
https://enmokudb.kabuki.ne.jp/phraseology/2453/
上方歌舞伎は先人の芸を継承しつつ自身の工夫を加えることが当たり前なのですが、この
玩辞楼十二曲の演目に関しては昭和10年の2月1日に亡くなった初代鴈治郎の当たり役ですのでこれらの演目を演じるときには敢えて初代を目指して初代を想像して役作りをして来ました。それは私自身のこだわりでもあります。
初代さんには会ったことはありませんがその偉大な功績は充分に勉強しています。
僅かに残ったレコードや映像、そして祖父や父に継承されて来た芸。
この家に生まれた以上この初代の血を引く人間が継承していくことを宿命と感じています。
初代さんは特にリアリティすなわち写実の芸を好んで目指していたと伝えられています。
「封印切」での初代の役はもちろん忠兵衛です。
父の相手役で梅川を何度も勤めていますので、曽祖父から祖父そして父に伝えられてきた
芸は肌で覚えています。
しかし今回はまず八右衛門で初日を迎えました。
初役の八右衛門ですがここも写実を目指しました。
八右衛門の花道の出の唄が
"男がようてそして程がようて金持ちで金に不足はなけれでも浮気しゃんすが玉に疵"
とあります。
元来忠兵衛とは友達で本人も二枚目で金持ちで遊び上手な男で梅川のことも忠兵衛の邪魔をすることより自分も梅川のことは気に入ってるのでお金があるから忠兵衛より先に身請けしようと思っていたはずです。リアリティをベースにそんな人物像を作り上げました。
喧嘩になっていくのもお客様が人の喧嘩を横で野次馬で見ていてどうなるのどうなるのという臨場感を味わっていただくことを目指しています。その中で歌舞伎の間とか台詞のテクニックを駆使して作り上げました。
ご覧になったか方にはどのよう映ったのでしょう。最初で最後の八右衛門だったたかもしれません(笑)
さて昨日初日を迎えた忠兵衛です。
兄の忠兵衛で八右衛門を勤めていましたが兄弟でも役作りはかなりの違いがあると思います。先ほどから書いていますがやはり初代鴈治郎が作り上げた忠兵衛を目指しています。
まず一番大事なことは大阪の訛りです。言葉が大阪弁でなくてはこの芝居が成立しません。
東京での上演ですので多少の訛りはお客様にはわからないかも知れませんが、やはり一番気をつけている事です。東京生まれ東京育ちの私にはそこが一番苦労する入り口です。
亡くなった住太夫のお師匠さんに義太夫の稽古をして頂いた時も「あんた東京生まれやししゃあないけど訛りはしっかり治さなあかんな」といつも言われていましたので、とにかく大阪弁の勉強をしましたがやはりまだネイティブにはなっていないかも知れませんが、だいぶ身にはついてきています。
忠兵衛の中で大事にしている事は梅川に対する気持ちです。
心から愛していること、苦界からなんとか救い出してあげたいしかし金がない苦悩。
偶然とはいえ身請けすることになりその先に死が待っている。しかしそれは自分で出した唯一の解決策。また義太夫狂言でもあり上方狂言でもありますから独吟、義太夫の音に乗ることも最も大切にしています。
また私が忠兵衛を勤める時は梅川には
「死んでくれとは勿体無いわしゃ礼ゆうて死にますわいな」
のセリフを泣かずに喜んで言ってもらっています。
ここだけは父や祖父と変えています。
ただ忠兵衛の芝居自体は踏襲しています。
忠兵衛の役を初役で務めた時に父から一つだけ貰ったアドバイスは、なんで成駒屋の封印切は忠兵衛が一人で引っ込むと思う?それは初代さんがスターだったからだよ。
だから家で演る時は一人で引っ込むんだよ。
花道の引っ込みは忠兵衛より役者で見せろ。
この教えはは難題です。
その難題にまた明日から挑戦していきます。
今年で扇雀襲名30年となります。
歌舞伎座で家の芸「封印切」の忠兵衛を勤めるのに扇雀襲名から30年かかりましが、今までで培ってきた上方芸が披露できる喜びを噛み締めています。
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