2021年11月記事一覧
「徹子の部屋11月29日(月)13:00〜13:30」
2021年11月24日
徹子の部屋11月29日(月)13:00〜13:30
兄の鴈治郎と共に久し振りに出演させて頂き父の事を偲んだり来月京都南座顔見世の追善狂言「曽根崎心中」の話などをさせて頂きました。
ぜひご覧下さい。
「雑誌インタビュー「たる」」
2021年11月23日
お酒関係のマガジンで父のページを企画してくださり、兄と私がそれぞれインタビユーを受けましたのでお知らせします。
書店でお求めできますので興味のある方はご覧下さい。
来月の曽根崎心中のことを話しています。
「赤坂歌舞伎」
2021年11月15日
久しぶりの赤坂歌舞伎に胸躍り毎日が楽しく舞台に立てる歓びに浸っている。
いや本当に楽しい。お客様が座席を空けずに座ってくださっている事がこんなにも素晴らしい事なのか。コロナで世の中が一変しライブの演劇は一気に危機に陥った。大向こうの声が聞こえなくなってもうすぐ2年が経つ。お客様はどんどん離れていきもう戻ってきてくださらないのではという不安に駆られる。
しかし、今月の赤坂歌舞伎は楽しい。
この喜びはどこから来るのだろうか。
抽象的な言い方だが亡くなった勘三郎のお兄さんの魂がまだまだ残っている気がする。
今月の一座は中村座やコクーンで時を長く共に過ごした面々に勘太郎・長三郎が加わり、大道具さんも一緒だ。楽しくないわけがない。
そして演目は二度目になるが新作歌舞伎「廓噺山名屋浦里」。皆の力で作り上げる面白さ。こちらが楽しければお客様も楽しいのではと勝手に思うのが役者の悪い癖かもしれない。
まあ、こちらが楽しくなかったらお客様は楽しくないのは間違い無いだろう。
今月も歌舞伎座の3部制と国立劇場と三箇所で歌舞伎公演が行われているが、お客様は何を基準に足を運んで下さるのだろう。大向こうもなく50%の座席しか座れない中。歌舞伎だから観てくださるのだろうか。もちろんそれもあると思う。しかし何よりも舞台の上の役者の責任が多くを占めているのだろう。
歌舞伎役者は演出家の目も持っている。今回2回目の上演の「廓噺山名屋浦里」も勘九郎・七之助・私それに亀蔵さんそして虎之介も、皆で知恵を出し合い演目を作り上げていく楽しさ。今回もかなりの部分前回と細かく変わっている。前回出演していた駿河太郎さんが見に来てくれて「これは中村屋の古典になる」と感想を言ってくれた。嬉しい限りである。
コロナ禍で厳しい条件下の中舞台に立ってきて久し振りに嬉しい言葉を聞いた気がする。
歌舞伎が元の姿に戻るために政府が許可してるのだから一日も早い100%の客席使用率に戻り大向こうをどうにか方法を考え復活させ、本来あるべき姿に戻すように松竹株式会社に願うばかりだ。他の劇場の舞台を見に行くと隙間なくお客様が座っていることに羨望の眼差しを送る事の辛さ。今月の赤坂ACTシアターは26日まで公演中です。
是非、見にいらして下さい。
「廓噺山名屋浦里」
左は勘九郎さん右は虎之介
「宵赤坂俄廓景色(俄獅子)」
右は虎之介
写真提供 :松竹株式会社
この「廓噺山名屋浦里」は鶴瓶さんの新作落語の歌舞伎化ですが原案はタモリさんです。
そのお2人が揃って見に来て下さいました。偶然その日いらして下さった大竹しのぶさんも含めて終演後に楽屋外で記念撮影。ありがとうございました。
「一周忌」
2021年11月12日
令和2年11月12日に父が亡くなって早いもので一年。
先日ブログにも書いたとおりコロナ禍で本葬を見送っておりましたが、緊急事態宣言の解除を受け先月10月28日にThe Okura Tokyoに於いて「坂田藤十郎偲ぶ会」という形で父を送る機会を設けさせて頂き、翌29日に納骨と一周忌法要を鎌倉霊園でとり行い
「妙藝院殿藤久日宏大居士」
青山妙円寺のご住職にお付け頂いた素晴らしい戒名で送ることができました。
"コロナ禍でもちゃんと送ってや"と言ってる父の声が耳元で聞こえたような気がする。
そこにいるべき人が居なくなった後というのは人によってさまざまな感じ方があると思うが
この一年間役作りで、父だったらこうやってただろう考えることは常にあるが、実は存命中も同じ事をしていた事にふっと気づいた。教わる前に自分で考える習慣は父の死に動ずることがなかった一つの理由かも知れない。もちろんアドバイスは受けられたら尚更いいに決まっているが、それは今はできない。それだから余計に色々頭を巡らせより考え、勉強というより研究と稽古に向かうことになる。
「世阿弥のことば100選」を久しぶりに読み返した。
曽根崎が決まってから近松門左衛門の床本を読み返した。
徳兵衛を務めたときに宇野先生の脚色と近松の原作にかなりの違いがあることに驚いとことを思い出した。
生玉の境内の場で徳兵衛が
「三日を過ごさず大阪中へ、死してもまうしわけはしてみせませう」
という原作を
「三日をすぎず、大阪中へ申し訳はしてみせまする」
と宇野先生は脚色なさっているのを見つけたんです。
死してもという言葉を抜いてらっしゃる。
今となっては理由は聞けないのですが、原作からゆくと徳兵衛は生玉で死を仄めかす意地と悔しさを滲ませている。ここが徳兵衛の役作りの原点になったんです、弱々しい上方のつっころばしとはまた少し違った実は芯の強い男の部分も持ち合わせていると感じ取ったんです。祖父二代目鴈治郎の徳兵衛はどちらかというとつっころばし系の役作りでした。
さして宇野本の幕切れは
「恋の手本となりにけり」
近松は
「森の雫と散りにけり」
全く違う文言になっている。
この二人の心中は僕の中ではハッピーエンドとして究極の恋愛物語として描きたい。
だから最後は二人が最も望んでいた死ぬところをお見せしたい。
宗教的には自死がいけないことと説く場合がほとんどだと思うが、死は二人にとってこのさき生きていて引き裂かれていくことを思ったら一緒にいられることに最大級の喜びを感じる。自死を推奨する意味ではなく一つの愛情の姿としてここまでの表現もあるという納得感をお客様に感じて欲しい。
ロンドン公演の曽根崎心中で私は父と兄の舞台を客席で見ていて、カーテンコールは起こるがスタンディングオベーションが起こらないことをロンドンの友人に尋ねたら、"死なないからだよ"と即答だった。芝居が途中だと。
そう父の1400回以上務めた曽根崎心中の"お初"は手を合わせて徳兵衛に向いて殺してというポーズのまま幕が降りる。
この時に僕は死のうと確信したんです。文楽でも映画や新劇でも最後死んでいます。
これは宇野先生の美学だったのでしょうか?
近松では「森の雫と散りにけり」ですから散りにけり
死ぬほうが妥当と考えられます。
宇野先生は死んでしまうことに納得感を得ていなかったのでしょうか。
近松は死んでいくことに納得感を持っているように思えます。
大詰めの道行は笑み浮かべるような心持ち。ここまで二人で来れて誰にも邪魔されない二人の世界に来た喜びのようなことを表現したいと思っています。
皆様はどう感じるのだろう。
そんなようなことを含め12月の南座顔見世の10時30分開演の一部で追善狂言として「曽根崎心中」のお初を務めることの報告を仏前に改めてすると、
時間の流れは止まらないんだということを痛感する。
父が誰にも譲りたくなかった1400回以上務めた役を一周忌に務めることは巡り合わせとしか言いようがない。もう一度父の前で演じたい気持ちもあったがその機会はもうありえない。
11日に赤坂歌舞伎の初日が開いたばかりだけれど、あっという間に「曽根崎心中」に初日を迎えているような気がする。
コロナで生活が一変してあれもこれも出来なくなり時間が不用意に過ぎているように感じ、それをコロナのせいにしてはいけない事は十分わかっているのだけれど、現実その影響は生活を一変させてしまった。
翻弄はされたくはない。ワクチンも国産ができるまでは控えておこうと思っていたけれど、ワクチンパスボートみたいな話が出てきたのでマイナンバーカード作成ととワクチン2回は済ませてしまった。
一周忌と表題をつけたのにかけ離れた内容になってしまったけれど
今の心境です。
曽根崎心中のお初は、父と私と壱太郎しか努めいないのでご覧になる方も比較対象が少ないので私の新しい"お初"を多くの方に見て頂きたい。
それが一周忌の供養になればと。
1931年生まれの2002年の父です。
撮影:篠山紀信
「GOETHE」
2021年11月 5日
GOETHE(ゲーテ)最新2021/12月号に
尾上松也さんと虎之介のスニーカー談義が掲載されてます。
歌舞伎とはかけ離れたトークになっていて楽しいですよ。
P122から4ページ。
「一心寺がおくる"ちょっといい話"」
2021年11月 5日
https://www.isshinji.or.jp/event_radio.php
関西ローカルのラジオですが朝日放送ラジオ(ABC)1008khzに
明後日7日午前8時放送の「一心寺がおくる"ちょっといい話"」
でしゃべってますので、関西圏の方は是非お聴き下さい。
10分の番組ですのでお聞き逃しなく。